四時歩武和讃(しじほぶわさん)

〜立ち直りから精神復興へ。一警備員の手記と詩篇~

≪見越入道 ⑦≫

オラトリオ見越入道
刻露清秀

〈2〉(続き)

全山 冬毛に覆われ
日々は苗木のようにうずもれ
寝糸の滝には寒声混じりに
見上げればピッチグレードはいよいよ高く、
跡目なしに辿る手鍵盤足鍵盤
先遣の明を照らす後見のもやい
流星痕は つららとざらめを落として消える、
眼下には瞬く間に時流を点綴する夜景。


上顎骨の牙の真下に居を構え
剥製は飛型を競う、連夜の積算寒度、
鉄橋は軋り、背稜に谺し
山上の集落は襟を立てて霧に備える。
寝袋にいては人は一個の部首に過ぎない、
コンロや手斧や金石を交えて友と語れば、
吐息こもごも、謎語画題は夜半に及び
暁雲は面を上げる、臥竜はなお雪安居。


(次回から〈3〉です。)


ブログを始めてひと月半、思いきって取り組んで正解だったと感じます。現場の仕事が想像以上にきつくなり、3日ごとの更新など到底無理でしたが、凝縮の限りを尽くした詩作からいったん距離をおいて普通の文章もつづってみるのは本当に久しぶりの新鮮な体験でした。


それに、偶然ではありますがこの短期間に思いがけない出来事もありました。かつて凄まじい軋轢を経験した実弟から、今月女の子が産まれたとの便りがあり、私が近況を伝えると、もう過去へのこだわりは感じられない安心した返事が返ってきたのです。


社会復帰とは仕事に定着することだけではないんだ、もっとなにか根源的なところで生の一員として関連づけられ信認されることなんだ…、そんな思いが実感として湧いてきます。建築現場でも多様な職種の人からダイレクトにものを訊かれる立場となっているだけに、なおさらそう感じるのです。


ちょうど年明けとともに、『オラトリオ見越入道』の詩も、〈2〉の個人的な精神修養の諸相から、〈3〉以降の「展開部」へと視野が広がります。同時代の平俗さや娯楽消費についぞ馴染めなかった私の探究が、いつか知の一員として信認されるときは来るのでしょうか?