四時歩武和讃(しじほぶわさん)

〜立ち直りから精神復興へ。一警備員の手記と詩篇~

≪生誕10年、オラトリオ再掲④≫

オラトリオ ハノイの塔

              刻露清秀

 Ⅳ部

   12

雲表に浮かぶ暦法
懸隔を測る桟橋
光沢はしじまに運河を曳いて
聖俗の衣は交わり、黒白の頭は流れる。
営巣地には春秋の喜び
原産地からは黄熟の便り
久しく住所を逐われた土地にも
行政を回復するとの報せ。
花々はすずろに色を分かつも
人は親子で足を止め、
塔楼は異なる時を告げるとも
堂宇は密なる聖多胞体、
制空権をもつ海鳥は翔り
播種は発芽の身なりで伏(ふく)し
吹青の甲羅はかき分けて進む、
実の涙も腹違いの涙もないまぜの御代に、
陸海空針、クロノロジカルな昏暁の彼方に。


   13

焼成由来の部材を組んで
打ち立てられた城下の家並み、
炊きあがりの釜を覗きこめば
吹きこぼれる花言葉たち、
日に焼けた街と美白の里は
なりを違え、則を違えつ、
琵琶を連ねて永らえてきた、
霓裳羽衣と 菩薩蛮とで。


まことしやかな空撮の背後に
計り知れない下世話が眠り、
愚にもつかない遺制の陰で
倶に焚かれて炎色を放つ。
それぞれの時代の勲と流謫と
浮かべてはほどけ去る酒中花に似て、
ただ水を切って飛ぶ二片(ふたひら)のみが、
沈みゆく市街を端から端まで渡ってゆける。


   14

仕切岩だらけの洞窟の果てには
人を石筍ならしめてやまない
贖罪のアトリエ、追善のテーブル。
蠟涙と血手型と
鞭打つばかりの雫に溺れ、
泥の名誉が封泥であるように
満面の恍惚は解かれるすべを認めなかった、
語彙の光も射さない地所で。


だが函人が甲冑の内なるクレドを象るように、
陽は半島を朱(あけ)に染め、
詩出ずる民は預言を通じ、寓言を通じて、
機微を釣り上げ、泥線を漁る。
さざ波に香料を振りかけ
氷嚢をして寒剤たらしめる海に、
ふた回りほども歳の離れた
遊行と嗣業、二隻の乗を巡り会わせて。


   15

『第九』も『受難曲』も響かない
数万年裏の世界氷河に
フラットではなく皆前趾足で
処女地への心技を刻む巡礼の体、
雪上確保、懸垂下降
選び取られたそのルート図は
もとより定本も完本もなく
抄紙と瀑布に満ちた前表。


掌の大きな樹々が極彩色の扉を開き
盤根錯節がぬかるみにへりくだるように、
クレヴァスの下にはオルガンの水琴窟と
氷宮に差し戻された歴代の巨象の献体
観瀑台はおのずから新たな詞牌を生み、
詩篇はほとばしる、練り清められたモテットとなって。
ピラミダルな座は前途に雨裂と雪襞を課すも
御名のフーガはあざなわれつつタクトの稜で合するように。


   (次回はⅤ部)