四時歩武和讃(しじほぶわさん)

〜立ち直りから精神復興へ。一警備員の手記と詩篇~

≪生誕10年、オラトリオ再掲⑤≫

オラトリオ ハノイの塔

              刻露清秀
 Ⅴ部

   16

時つ国を望みつつ
日択りの海をゆたにたゆたい
販路を拓き、水運を増す
かの波乗り船、弥栄なれと。
異国にあっても十組問屋は
あらゆる時代の箱書きが
渡海造りと組積造下で
列を成し、色をなして詰め寄る所。
霧は野づらを撫で
市街地には琺瑯を引き
組香に供せられる舟また舟
晴れていれば無数の桂林がそばだつ偉観、
陸封を解かれて多士出ずるとき
帆にはつまびく、箜篌またリラを、
どよめくばかりで手だてのない地へ
治世の夢とはさても作り置きできないゆえに。


   17

沿岸には多くの奢侈が名を連ね
虫歯の村は朽ちてなお野に晒される。
一切を見渡す氾濫原から
養殖の保護区を越えて外洋へ出れば
舳先に立つ競い肌は
渦としぶきで目もあてられず
無辜の寓りは石群に似て
甲板の斜度と寝起きを共にする。
計器類には徳目を並べ
すべてのジャイロは動く魔方陣
蒸気機関から無量光まで
馬力と他力にかしずかれつつ
それでも遠来行き交う魂魄
心ならずも奴隷船籍、
感傷の器を満載し
せり出しやまない棚氷のように
夢中で手を振り、手を差し伸べる、
手続きのない港を求めて。


   18

投げ縄も投網も錨も届かない
まさぐるような減音程より
サメはひとすじのコラールを追って
島々の基を十度さまよう、
儀仗が入れ替わるたびに
怒涛の血汐が水揚げされる
海流どうしのぶつかりの中で
珊瑚の春から墓標の冬へと巡る舞台に
吐きつ戻りつ、またぞろ銛の致死量を浴びて。


知識層は堆積・風化し
誤謬の年代指標と化すも
静かな海に腹這う者は
さらなる時の濃集を待つ。
深海底にも松煙が噴き上がり
カニや貽貝の苗床となるように
地底の眠りを揺り動かすのは
粘性と恩寵の融合に他ならないからだ。


   19

波を焚く殷雷、陸の強者は座屈を恐れ
前途は大灘、海の隼人は壊蝕を恐れ
火の粉に彫り上げられた峰容
洞門に光を満たす海抜の原器、
地涌にすら飽き足らず
暮れなずむほどに遠き交わり、
なべて保冷し備蓄し格納する庫(くら)
僅差で照らされ、二瞬に浮かぶ、
船にはたつき、見送る浜には磯馴びと。


全訳が成れば抄訳は廃れ
口割れのない賜物にこそ
受領の印が押されるように、
生き別れた者は互市場に集い
授記を門出にのびのびと泳ぐ、
もはや負荊を気に病むことも
汚い遺恨の取り立てもなく、
福音のあとには思慕する手紙が
論には釈が灯(ひ)を嗣ぐように。


     ≪了≫