四時歩武和讃(しじほぶわさん)

〜立ち直りから精神復興へ。一警備員の手記と詩篇~

≪生誕10年、オラトリオ再掲③≫

オラトリオ ハノイの塔

             刻露清秀(2022年版)

 Ⅲ部

   8

時に義人は知る由もなく
天上に諮られ、賭けられてきた、
友も助言者も誘惑者も
アイスフォールに隔てられ、
離反と懲らしめ
涵養域にもいつか擦痕が顕われるように。


人は喘登を自負する限り
激しく飢え渇いているように見える。
だが斥鹵の村にも音信(おとずれ)はあり、
世にはばかるほどの渇仰があった。
初発心時を獣骨に刻み、貝葉に刻み、
綴り合わせて開眼となすように、
主稜線にも日時計が延び、鴃舌を照らす、
葬送のあとの陽炎、まばゆいばかりの風樹の谷に。


   9

雨季と乾季が自生を促し
砂地に裸足の実生が溢れ
影と風とが混ざり合うとき
みつばちたちのくるぶしは癒えた、
授粉とはことづけることだから。
生命の束を崖に残して
遺恨と封鎖の対岸へ渡り
身を低くして作戦を待つ
一線を越えた葦のはたらき。
だが何の恐れることがあるだろう、
焦がれる者はどのみちいぶし出されるからだ、
雪煙から立標に至る
二国の狼煙と燈炬を守り、
飛び地を含むすべての領域(さかい)が
肥沃であり続けるために。


   10

灼けつくような造営のさなかにも
賦役者は思いめぐらす、
翼の陰に宿る布陣を。
昼は熱沙の彼方に揺曳し
夜は焚火の周りに隠映し
尊厳の遺鉱を ひ押しして
そこでは被疑者被験者の名も
からしめることはなく
驕らしめることもない。


水張りのうてなに顔を寄せ合い
敷居のそばに寝相を並べ
波音を模し、光葉をかき分けて
人はその未分化な憧憬を
来たる馴化の課程に寄せる、
佯狂のすだれを巻き上げるたびに
いきおい不敵な威信を帯びて。
灌漑は石柱と燭台への道、
実りは生死をまたぐとも。


   11

粘土に尖筆、砂手習から
天文密奏審議録まで、
巧暦募集の求人に始まり
智慧の館に到る王道、
数理数略の労をいとわず
時に遺題を承継しながら、
すべての学侶は施主のみもとへ、
無数のタイルが蒼穹を織り成すように。


バザールではどんな数でも鮮魚よろしく
手鉤一臂で運び入れられ、
目早いせりと身の切り分けと
読み上げ算と検算を経て
氷とセットで即売された。
ユークリッドの交通法規
アルキメデスの度量衡、
普遍性はとかく天下ろうとする、
だが商人は他の誰よりも公正な秤を必要とした、
海の民、砂漠の民、インドの民との仲介のため。


 (次回はⅣ部)