四時歩武和讃(しじほぶわさん)

〜立ち直りから精神復興へ。一警備員の手記と詩篇~

≪生誕10年、オラトリオ再掲②≫

オラトリオ ハノイの塔

             刻露清秀(2022年版)

 Ⅱ 部

   4

時明かりの中へまろび出る者が
生前陽の目を見ることは稀だ。
視息の窓には塵降り積もり
亡き世に良き名、望むべくもない。
耳を聾するほどの似非オラトリオ、
知り得た者は深山隠れに。
熱に浮かされた向きは毫も問われず
ただ保護色に還るのみだと。


苔に漉され、岩角に漉され、
寂寥に漉され、林床に漉され、
荊榛(ばらやぶ)に漉され、山葵田に漉され、
冬空に点呼一叫、
日が射し、樹皮はひきしまり
恥を負う手は水底に揺れる、
朝積みの雪の下にも
滑らかなつてを絶やさぬように。


   5

陽だまりに見初められ
濃淡に揺れる眼差し、
今に至る遠流
喜びは切れ落ちたまま
夕梵は悲源に迫り、
生来の含羞は晩課にも似て
かがり火さえも闇夜にこわばるすべを知らない。


受益者は耳をそばだてもせず
忘恩は見ず知らずの労を消し去りもする。
だが通い路はやがて営力となり
幽尋もまた通功易事に。
大旅行家は生涯かけて地上に見頃を迎え、
石板は元服と木立の間に
月齢は点眼と空濛の彼方に宿る。


   6

涼を求めて洗い場に立ち
汗ばむ岩の背中を流す
白法白衣の源泉の宿
懸針垂露の旗奉行。


五段飾りのいちばん下座で
かまり立ちを覚えた日には
遡上の跡を氷に鏤み
滝口めがけてピックを振るう。


硯の上で磁石を磨り、蠟石を磨り、氷菓を磨り、
かくて頂稜直下にスラブが創成され
谷底には鍵盤砕きの墨汁が注ぐ。


いずれ劣らぬ みずちのしわざ
流通(るずう)三態、歳時記のよう、
水量翳り、収斂の時至るとも
とどろく口上、錦繍と斧劈の尽期に浮かぶ。


   7

千山は冬毛に覆われ
日々は苗木のようにうずもれ
寝糸の滝には寒声混じりに
見上げればピッチグレードはいよいよ高く、
跡目無しにたどる手鍵盤足鍵盤
先遣の明を照らす後見のもやい
流星痕はつららとざらめを落として消える、
眼下には瞬く間に時流を点綴する夜景。


上顎骨の牙の真下に居を構え
剥製は飛型を競う、連夜の積算寒度、
鉄橋は軋り、背稜に谺し
山上の集落は襟を立てて霧に備える。
寝袋にいては人は一個の部首にすぎない、
コンロや手斧や金石を囲んで友と語れば、
吐息こもごも、謎語画題は夜半に及び
暁雲は面を上げる、臥竜はなお雪安居。


  (次回はⅢ部)