四時歩武和讃(しじほぶわさん)

〜立ち直りから精神復興へ。一警備員の手記と詩篇~

≪充実とその代償② 社会復帰の域を超えて≫

引き続き、郊外ショッピングモール建設現場にて週に6日の交通誘導警備です。(ほかに夜間の巡回警備が1日。)


先日は、全長250mに及ぶ本体棟の中心部、風除室の真上にあたる外壁の足場がいち早く取り払われました。私が受け持つ工事用ゲートから、まだ原色のままですが建物の顔となる一角が初めて青空に燦然と輝き出た瞬間でした。


私の仕事は広大な敷地内への搬入車両や工事関係車両の誘導がメインです。しかし前面道路の大がかりな拡張工事を同時に進めているため、うちの警備員の別班3~4人が行う片側交互通行と連携して、ゲートからダンプやユンボ、タイヤショベルなどを規制帯へ出し入れする役割も兼ねているのが実情です。


ちょうど2年前の今頃、ブログでも書きましたが都心に近い白山通り沿いでビジネスホテル・ドーミーイン建設の追い込みにかかっていた時期も、日々変容していく現場の状況にひそかな昂揚感を隠しきれない毎日でした。


それに対し、いまの現場では、私は隊長ではなく12月から加わった4人目の常駐者です。でも工事全体の圧倒的なスケールと複雑な工程ゆえに、場内全体の作業状況を把握したり、車両の動線や搬出入ゲートを適宜変更するなど、資格者として現場をリードする必要があり、やはり独特な昂揚感はあります。


そんな毎日の中で、ブログ更新頻度が少なくなってしまうのは残念ながらやむを得ないことでした。2017年11月に初めてネット発信を開始したとき、首尾一貫したテーマとしてまず念頭にあったのは、中高年引きこもりからの社会復帰という面でした。なまじ進学校や有名大学を出たためにブランク以降の方向転換がいっそう難しくなってしまった典型例だったからです。40半ばになってやっとの思いで混迷から抜け出せた回復の喜びと切実な再生意欲。それは、たとえ底辺職と言われる警備の仕事からでも十分に引きだせるのではないか。そのことを、身をもって示したかったのです。


ブログのもう1つの柱、凝縮された詩篇による精神復興の方は、あまりに高度な目標でありすぎました。いまの私にとって、仕事に忙殺される中で『オラトリオ見越入道』級の知的密度と探究心をキープするのは不可能に近い。一連の『四時歩武和讃集』は、結局のところ後世を見据えたライフワークとして最後の最後に残るものなのでしょう。


それにしても、仕事が充実すればするほど、発信に時間を割けなくなり、社会復帰ブログとしての存在感が薄れていくのは何とも皮肉なことでした。本来なら、警備以外にもいろんな職種で引きこもりや行き詰まりを脱した人、年齢がいっても孤立無業を克服して再生を遂げた人が出てきて地道な奮闘ぶりを伝えていくことこそ、社会的にも有意義だし、何より励みになるはずです。


ところが、ネットでアクセス数を伸ばす輩はいつもその対極なのです。マスメディアに注目され発言機会が与えられる当事者系の語り手はといえば、特異な属性や生きづらさにいっつまでもこだわるメンヘラな人ばかり。まっとうな就労支援の方向性にいちいちケチをつけたり、本人は精神障害者認定などで働く意志もないような…。実際幾人かのツイッター等にも目を通しましたが、その場限りの共感や甘言が幅を利かせる、無気力でけじめのない、逃げ口上や屁理屈ばかりの、完全に詰んだ世界でした。


何度も書いてきたように、私は社会的ブランクによって出遅れた歳月をただ真剣に挽回したいのです。警備の仕事は成り行きだったけれど、結果的に生活自立を果たし、4年間のコンスタントな働きでクレジットカードもゴールドになるまでに、社会的信用もついてきました。こうして一つ一つ、建設的に、人生を充実させている手応えが何より嬉しいのです。工期は多少遅れてもいい。足場がすっかり取り払われた時、見違えるように立ち直っていれば、それが竣工すなわち完成なのだから。しかも通常営業はそこからがやっと始まりなのでした。